つくるのは、ピザだけじゃない。

つくるのは、ピザだけじゃない。

この記事は、広報誌「榊住建だより」との連携記事です。
榊住建だよりは、年2回(夏・冬)に発行しています。
よろしければ、文末のサムネイルをクリックして参照ください。

こんがりと焼き色のついた生地の上に、惜しみなく散りばめられたチーズと具材。
焼きたての湯気とともに立ちのぼるのは、小麦の香ばしさと、野菜が持つ甘い香りだ。
ひと口頬張ると、外側の香ばしさの奥から、もちもちとした生地の弾力が返ってくる。
噛むほどに小麦の甘みがほどけ、野菜の旨みと重なり合いながら、口の中でゆっくりと溶けていった。

一枚のピザが、価値観を変えた

一枚のピザが、価値観を変えた

「全国にピザ窯を卸している知り合いに、お店でピザを提供したいことを相談したら『美味しいピザ、食べたことある?』と聞かれまして。正直なところ“どこのピザも美味しいじゃん”と思っていたんです(笑)。でも、連れて行ってもらったお店で、ナポリピッツァ世界大会・最優秀賞を受賞したシェフの岩澤正和(いわさわ まさかず)さんが焼いたピザを口にした瞬間、その考えが一変しました。本当に、驚くほど美味しかったんですよ」

そう話すのは、「さんかくカフェ」オーナーの横山由紀子(よこやま ゆきこ)さんだ。

「岩澤さんに、その感動とお店でピザを提供したいと思っていることをお伝えしたら、『ぜひ監修させてください』と言ってくださって。お店に伺ったり、こちらに来ていただいたりしながら、何度も研修をしてくださったんです」
身振り手振りを交え、表情豊かに語る横山さん。その言葉の端々からは、当時の衝撃と高揚感が、今も色濃く残っていることが伝わってくる。

身振り手振りを交え、表情豊かに語る横山さん。

地域とともにつくる、ひと皿

北浦和駅から徒歩20分の住宅街に、横山さんが2012年7月に母から引き継ぎ、運営してきた福祉事業所がある。地域との関係を、もっと豊かにしたい——。そんな想いを胸に構想を温め続け、11年の時を経た2024年、事業所の隣に「さんかくカフェ」をオープンさせた。

イチオシメニューのひとつである「ピッツァオルトラーナ」は、
さいたま市内の有機農家が育てた野菜や、市内企業が生産する生キクラゲを使用。
生地に使う小麦粉は、北海道産に加えて埼玉県産をブレンドしている。

味への妥協のなさと、「地域とともに歩みたい」という横山さんの願い。
その両方が、この一枚に詰まっている。

ピッツァオルトラーナ

「やってみる」から、次の一歩が生まれる

デザートメニューの「トライアングルパフェ」は、横山さん自身が惚れ込み、現地まで足を運んで直接取り寄せをお願いした、長野県駒ヶ根のソフトクリームを使用。そこに福祉事業所で製造している窯焼きマドレーヌとチュイールクッキーを添え、自家製キャラメルソースをたっぷりとかけて仕上げている。

一口食べると濃厚でミルクの旨みが豊かに広がりながらも、後味はすっと軽やかなソフトクリームに、焼き菓子の香ばしさとほろ苦いキャラメルが調和し、自然と次のひと口へと手が伸びる一品だ。

「これは、スタッフの提案から生まれたメニューなんです。うちではとにかく“やってみる”ことを大切にしています」

同じくソフトクリームに、手作りのメレンゲくるみクッキーと自家製キャラメルソースを何層にも重ね、ベリーを添えた「さんかくパフェ」や、「小腹にちょうどいいメニューが欲しい」というお客様の声から生まれた「さんかくサンド」のいずれもスタッフの提案が形になったものだ。

最近では、無類のお酒好きだという横山さんが「お店でビールイベントをやってみたい」と思ったことをきっかけに、オリジナルのクラフトビールも誕生した。そのほかにも、横山さんのアイデアがメニュー化に至った例は数多く、オーナー自らが旗を振る姿勢が、スタッフの次なる発想と行動を呼び込み、連鎖しているのかもしれない。

その“やってみる精神”は、今やスタッフ以外にも伝播しているようだ。

オリジナルクラフトビール「さんかくまのパフェ」

オリジナルクラフトビール「さんかくまのパフェ」。
福祉事業所内にある『アトリエ・モモ』で製造されている人気商品「チュイールクッキー」を使用している。

アトリエ・モモで利用者の方がお菓子を製造する様子

『アトリエ・モモ』で利用者の方がお菓子を製造する様子

日常のなかで、関係が増えていく

地域のお店が中心となって出店し、定期的に開催されている「さんかくマルシェ」。
そして、新鮮な採れたて野菜やハーブの直売に加え、それらを使った限定メニューが提供される「野菜ビアマルシェ」。
いずれも、お客さんが主体となって開催されたイベントだ。

オープン当初は横山さんやスタッフが中心となってイベントを企画していたが、次第に「ここでやってみたい」と思ったお客さん自身が動き出し、さまざまなイベントが生まれるようになっていったという。

「イベントをきっかけに、これまでカフェに来ることのなかった地域の人が足を運んでくれるようになったと感じます。この場所が、いろんな人がつながる場になったら嬉しいですね」

福祉事業所を運営してきた背景から、もともと多様な人が行き交う場所ではあった。そこに地域の人たちの「やってみたい」という思いが重なり、さんかくカフェの風景は、さらに豊かな広がりを見せている。

事業所の利用者の方もカフェで勤務している

事業所の利用者の方もカフェで勤務している。
「ありがとう」と直接言われることがやりがいになっているという

「つながり」への想い。
それは店舗の外観にも表れている。特徴的な建物の形——三角形だ。

「プロジェクトのプロデューサーを務めてくださった一級建築士の長澤徹(ながさわ とおる)さんに、“わたし・あなた・地域”をつなぐ場所にしたいと、三点を結ぶような仕草をしながら伝えたんです。すると、『建物を三角形にしてみませんか』って」

想いをそのまま形にしたようなアイデアだったが、一方で三角形ならではの難しさもあった。壁が斜めになるため、張り紙が見えにくくなってしまうのだ。

「長澤さんの紹介で施工を担当してくださった『榊住建』さんに相談したら、壁面に工夫を施してくださって。立体的に見えるような仕掛けをつくってくれたんです」

実際の壁面

実際の壁面。榊住建との出会いは長澤さんの紹介がきっかけだったが、
実は12年前に福祉事業所の改築を依頼した縁があり、もともと“つながっていた”関係でもあった

日々の営みが、未来を支えていく

店内外には、そのほかにも細やかな工夫が随所に散りばめられている。
スロープや広いトイレを備えた徹底したバリアフリー設計。誰もが使いやすいよう配慮された空間だ。

「地域に開いた場所にしたい」という想いから、当初は駐車場として使う予定だった敷地の一部を芝生広場に変更。誰でも使えるテーブルとイスを置き、建物側には大きな窓を設計したことで、内と外が緩やかにつながる開放的な空間が生まれたのだ。

こうした取り組みが評価され、さんかくカフェは2025年度のグッドデザイン賞を受賞した。

さんかくカフェは2025年度のグッドデザイン賞を受賞

そんなさんかくカフェが今、見据えているのは、地域の防災拠点としての役割だという。
「大震災が起きたとき、人と人とのつながりがある地域ほど、迅速な復興ができたと聞いたんです」

つながりは、急に生まれるものではない。だからこそ、さんかくカフェでは、淡々とした日々の営みのなかで、関係を少しずつ重ねていく時間を何よりも尊んでいるのだ。

ここで生まれる無数の小さな出会いは、この地域の未来を、静かに、しかし確かに支えていくものになる。

  • 設計:ポーラスターデザイン一級建築士事務所 長澤 徹
  • 施工:榊住建
文・写真 菊村夏水